体罰は、本当に子どもをしつけるために有効なのでしょうか?
かつての時代には、親や教師による体罰が当然のように行われ、「叩かれて成長した」「昔はそれでうまくいっていた」という声も耳にします。しかし、近年の心理学・神経科学・教育研究において、体罰には明確な弊害があることが繰り返し指摘されています。
■ 体罰が育てるのは「恐怖」だけ
体罰で得られるのは、「問題行動を一時的に止める効果」です。しかしそれは、「なぜそれがいけないのか」を理解して止めたのではなく、「怒られるのが怖いから」やめただけです。
つまり、恐怖による抑止にすぎず、倫理的・社会的な理解を促すものではありません。
■ 結果として起こるのは
「誰かに見られていなければやってしまう」
「怒られるかどうかで判断する」
という行動パターンです。
このような思考が定着すると、小さな不正やごまかし、手抜きを正当化するようになります。
たとえ犯罪に至らなくても、「監視がなければやっても構わない」「バレなければ大丈夫」という価値観が根づき、自制心よりも“外からの目”に依存するようになります。
■「誰かの目」ではなく「自分の納得」で行動できる人に
体罰で抑えられた子どもは、「この人が見ているからやめよう」という表面的な行動制御しかできません。
しかし、対話を通じて「なぜいけないのか」を一緒に掘り下げた子どもは、心の底から納得して「たとえ誰も見ていなくても、やらない」判断ができます。
それは、自分の中に倫理観が根づいているからです。
この違いは、思春期以降や大人になってからの行動に大きく現れます。
他者に言われて動くのではなく、自分の価値観に基づいて行動を選べる人間を育てるには、時間も手間もかかりますが、体罰では不可能です。
■ 自制心ではなく“監視依存”を招く
体罰は、子どもに「行動を律する理由は自分の信念ではなく、誰かの目」と学ばせてしまいます。このような他律的な動機づけは、長期的には自発性や創造性を削ぎます。
また、監視がない場面では抑止が効かなくなるため、不正・隠蔽・ごまかしの温床になりかねません。
■ 脳への影響も示されている
2021年に米国の研究チームが発表したMRIによる脳画像研究では、体罰を受けた子どもは、感情制御や意思決定に関わる脳の領域(前頭前野など)に委縮が見られる可能性があることが示されています(参考:Journal of Child Psychology and Psychiatry)。これは、長期的な影響としての抑うつ傾向、衝動性、自尊感情の低下とも関連づけられています。
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■ 結びに
「見られているからやらない」のか、「自分の信念としてやらない」のか──
私たちは子どもに、どちらの行動原理を育てたいでしょうか。
体罰は、短期的には「効いているように見える」ことがあります。しかし、その代償は、子どもの内面の発達や長期的な社会的適応力に及ぶ可能性があるのです。
そしてなにより、体罰に頼らない育児を選ぶことこそが、令和の社会で生き抜く力を育てる一歩であるといえるのではないでしょうか。
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■ 参考文献・資料
Gershoff, E. T., & Grogan-Kaylor, A. (2016). Spanking and child outcomes: Old controversies and new meta-analyses. Psychological Bulletin.
Cuartas, J. et al. (2021). Corporal punishment and child brain development: associations with gray matter volume. Child Development.
Straus, M. A. (2001). Beating the devil out of them: Corporal punishment in American families and its effects on children.
American Psychological Association. (2019). Resolution on Physical Discipline of Children by Parents.
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【コラム】「体罰は子どもに何を教えるのか──恐怖と“見られていなければOK”の心理」
