ヤングケアラー。
それは、親や祖父母、障害や病気を抱えるきょうだいなどの世話や介護、家事の多くを日常的に担っている18歳未満の子どもたちのことを指します。
この言葉を最近ようやく耳にするようになりましたが、その存在自体はずっと前からありました。
しかし、これまではずっと「家庭内のこと」として扱われ、外からの支援や介入が入りにくい領域とされてきたのです。
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■「偉い子だね」で片付けられてきた子どもたち
子どもが家族の世話をしていると聞くと、大人はついこう言ってしまいがちです。
「しっかりしていて偉いね」「お母さん想いで優しい子だね」。
でもそれは、本当は大人が背負うべき責任を、子どもが代わりに引き受けざるを得ない状況なのです。
自分の時間を削って、遊ぶことも、学ぶことも制限される。
けれど、「嫌だ」とは言えない。
親の介護やきょうだいの面倒を見ている子どもが、「もう無理」と声をあげれば、わがままだと思われるかもしれない。
実際に、助けを求めても「家のことなんだから仕方ない」と返されてしまうこともあります。
結果として、子ども自身が「自分のしんどさにすら気づけない」こともあるのです。
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■家庭内の問題に見えて、社会全体の問題
ヤングケアラーの問題が見えにくいのは、介護や家事という「家庭内労働」が、個人の責任だとされてきた背景があります。
しかし実際には、家族構成や社会資源の不足によって、子どもがケアの担い手に追い込まれている場合が少なくありません。
たとえば、ひとり親家庭で親が病気の場合、頼れる大人が他にいなければ、当然その負担は子どもに及びます。
地域に介護サービスが少なければ、支援の網に引っかからず、孤立してしまうこともあります。
「どの家庭に生まれるか」は、子ども自身が選べない。
それなのに、生まれた家の事情によって、子ども時代を「担い手」として過ごさなければならないのは、あまりに不公平です。
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■子どもが子どもでいられる社会をつくるために
ヤングケアラー問題に光が当たってきたことは、とても大きな一歩です。
学校でのアンケート調査や、自治体の相談窓口の設置など、少しずつですが支援体制も整いつつあります。
しかし、制度ができただけでは不十分です。
本当に必要なのは、「気づく大人」が身近にいることです。
・ちょっと元気がない
・いつも眠そうにしている
・家のことを聞かれると急に黙ってしまう
そうした小さなサインに気づいて、さりげなく声をかけられる大人が、学校や地域にもっと増えること。
そして、「助けを求めていいんだよ」と伝えてあげられること。
それが、子どもを孤立させない第一歩になります。
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■社会の責任としての支援を
ヤングケアラーは、決して「特殊な家庭」の問題ではありません。
誰にでも起こり得る、そして、気づけばすぐ隣にいるかもしれない問題です。
子どもが「子どもでいられる」ことは当たり前ではなく、守られるべき権利です。
社会全体がそのことを自覚し、「家庭のことだから」と無関心でいることをやめる。
ようやく当たったこの光を、消さないようにしなければなりません。
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【コラム】子どもが「偉い子」になる前に、社会ができること
― ヤングケアラーという、これまで見過ごされてきた現実 ―
