――妊娠しても誰にも言えなかったとき、その人が「悪い」のではありません。
—
1. 「普通に働いているのに、生きていけない」――“境界知能”という見えにくい困難
表面的には普通に会話もでき、日常生活を送れているように見えても、実は判断力・理解力・情報処理の力が平均よりも少し弱い――それが「境界知能」と呼ばれる状態です(IQ70〜85程度)。
◆構造的背景と因果関係:
日本では、知的障害と診断されない限り、特別支援や福祉の対象になりにくい。
そのため、「困っているけど制度の対象外」という“見えない困難”を抱えた人が、何の支援もなく一般社会で生きることになります。
こうした人々は、「生活に必要な知識を得る」「複雑な制度を理解する」「トラブル時に相談機関へアクセスする」といった行動が苦手なことが多く、自分に不利な状況を正しく認識できないまま流されてしまう傾向があります。
結果として、生活困窮に陥ったり、避妊の知識がないまま性行為を持ち、予期せぬ妊娠をすることに繋がりやすくなるのです。
—
2. 家庭が「安心できない場所」だった人が、妊娠を誰にも言えない理由
親からの虐待やネグレクト(育児放棄)を受けて育った子どもは、「困ったときに大人に助けを求める」という経験がありません。
◆構造的背景と因果関係:
日本では、子どもが虐待されて家出しても「家庭が原則」として再び家に戻されることが多く、本質的な問題(親の虐待)が放置されやすい現状があります。
何度も「助けを求めても裏切られる」「話しても信用されない」という体験をすると、「大人は信用できない」「相談しても無駄」という認知が強まります。
さらに、児童相談所や警察などに対しても「また怒られる」「自分が悪者にされる」と感じてしまい、支援機関からも距離を置くようになります。
このようにして、「頼れる大人が誰もいない」「困っても声を上げない」状態が大人になっても続き、妊娠という重大事が起きても、それを誰かに話すという発想自体が浮かばないのです。
—
3. 「原因」ではなく「結果」で責められ続けた子の思考パターン
日本社会では、「家出した」「妊娠した」「赤ちゃんを産んだ」などの結果だけを見て、「本人が悪い」と判断されることが少なくありません。
◆構造的背景と因果関係:
小さい頃から「なんで○○したの!」「親に恥をかかせた」と結果を責められてきた人は、「そもそもなぜそうなったか?」という原因を共有して理解してもらう経験が乏しいのです。
すると、次第に「困っている自分」「失敗した自分」は無条件に責められるものだと認知するようになります。
妊娠したときにも、「どうして避妊しなかったの?」「相手は誰?」「親に何て言うの?」と詰められることを想像し、相談=責められることだと結びつけて避けるようになります。
結果として、誰にも妊娠を打ち明けられず、産むまで孤立。産んだ後も「育てられない、でも責められたくない、誰にも知られたくない」という恐怖の中で追い詰められ、赤ちゃんを遺棄してしまうという悲しい選択に至るのです。
—
4. 赤ちゃんを遺棄してしまう「構造」とは何か?
遺棄はもちろん重大な問題です。しかし、それが起こる前に支援につなげられなかった社会の側の責任も問われるべきです。
◆構造的背景のまとめ:
境界知能など「見えにくい困難」を抱える人への支援がない
子どもを「家庭に戻す」ことが優先され、本当の支援につながらない
結果だけを責める文化が相談や支援の入口をふさぐ
妊娠・出産に関する知識が学校や社会で十分に伝えられていない
若い女性・貧困層・性的搾取の対象となる人々へのジェンダー的差別や偏見
これらが重なったとき、人は「誰にも助けを求められない」と感じ、孤立し、最悪の結果として赤ちゃんの命を一人で抱え込んでしまうのです。
—
5. 妊娠したとき、一人で抱えないために
妊娠に気づいて、誰にも言えないでいるなら、あなたは悪くありません。悪いのは、あなたが声をあげようとしたときに、その声を受け止められなかった社会の側です。
まずは、今すぐ助けを求められる場所にアクセスしてください。
■妊娠SOS系の相談先
全国の妊娠SOS窓口とは?
妊娠SOS窓口とは、予期しない妊娠・出産に悩む人のために設けられた無料・匿名の相談窓口です。電話・メール・LINE・チャットなどで気軽に相談でき、「どうしたらいいか一緒に考えてくれる人」がいます。
2023年9月時点で、全国に57カ所の窓口が整備されています(全国妊娠SOSネットワークより)。
—
■主な窓口(地域別)
地域 窓口名/相談方法/ 備考
・東京都 にんしんSOS東京/妊娠SOSほっとライン 電話/メール/チャット 年中無休(各窓口で時間帯は異なります)
・大阪府 にんしんSOS大阪 電話/メール/LINE/対面同行 平日9時〜16時、日曜13時〜16時
・埼玉県 にんしんSOS埼玉 電話:050-3134-3100/メール 16時〜24時(年中無休)
・京都府 妊娠SOSきょうと(LINE) LINE相談 匿名OK、LINEで24時間受付
・兵庫県 小さないのちのドア 電話/チャット 特に出産直後の支援が充実
※その他の都道府県にも相談窓口があります。お住まいの地域+「にんしんSOS」で検索してみてください。
—
■ どんなことを相談できるの?
妊娠したかもしれないけど、検査に行けない
出産するか迷っているけど、誰にも相談できない
親にもパートナーにも言えない
経済的に産めない/育てられない
妊娠しているけど、逃げてきたばかりで身の安全も不安
どんな内容でも大丈夫です。あなたの選択を否定せず、「どうしたいか」を一緒に考えてくれる人がいます。
【熊本慈恵病院 内密出産相談】https://www.jikei-hp.or.jp/
【児童相談所 全国共通ダイヤル】189(いちはやく)
【若年妊娠ホットライン】 各自治体の母子保健相談でも対応中
ほんの少しだけ勇気を出して、「助けて」と言ってみてください。
あなたを責める人ではなく、あなたと赤ちゃんを守りたい人がきっといます。
—
■参考文献・資料
厚生労働省「社会的養護の現状について」
NHKクローズアップ現代「誰にも言えない妊娠」特集(2023年)
中塚久美子『「産めない」時代のリプロダクティブ・ヘルス』(岩波新書)
熊本慈恵病院 内密出産の報道資料
日本発達障害ネットワーク(JDNet)資料
村瀬幸浩『性と生のリアル』
—
#構造から考えるシリーズ #妊娠相談 #にんしんSOS #内密出産 #境界知能 #若年妊娠 #赤ちゃんポスト #支援につながる社会 #誰にも相談できない #子どもを守る仕組み #家族が安心できない #自己責任論をこえて