【コラム】保育料は税制上の「必要経費」になるべきか

― 国の反論が抱える矛盾と、もし認められた場合の社会的インパクト ―

2025年2月、弁護士らが「保育料を所得税の必要経費として認めるべきだ」として国を相手取った裁判を起こしました。
これは、保育料が「家事費」にあたるとして経費計上を一律に否定してきた国の従来運用に異議を唱えるものです。

原告側は、「保育料は親が働くために不可欠な費用であり、事業活動と直接関係する」と主張しています。
これに対し国は、「保育施設は子どもの養護・教育を目的とする福祉施設であり、親の就労支援はあくまで副次的な効果にすぎないため、必要経費には該当しない」という立場を示しました。

しかし、この国の反論には重大な矛盾があります。




■ 子どもの“養護・教育施設”なら、なぜ親の就労が必要なのか?

国が「保育所は子どものための施設」と言う一方で、現行制度では

親が働いていないと原則入れない

利用には「保育の必要性(就労・病気・介護など)」の証明が求められる

子どもの成長や教育を理由とした利用は認められにくい


という仕組みになっています。

もし本当に「子どもの養護・教育」が主目的ならば、
保護者の就労状況によって利用の可否が変わること自体が不自然 です。

実態として、保育所はすでに「働く親のための社会インフラ」として機能しています。
国の制度運用と、裁判での国の主張の間にズレが生じていることは明らかです。




■ なぜこのズレが生まれたのか

背景には、日本の保育制度が抱える“歴史的な二重構造”があります。

● 戦後〜2000年代

保育所は「家庭で子どもを見られない家庭を支援するための福祉」として整備されました。
つまり、家庭の事情(就労・病気・介護など)が入所基準でした。

● 現在

制度実態は大きく変化し、保育所を利用する理由の約95%が「保護者の就労」です。
社会の変化によって、保育所は明確に “就労支援のための施設” になっています。

ところが税法や制度の文言は古いままで、
「保育は子どものため」
という理念だけが残り続けています。
これが今回の裁判の根本的な矛盾となっています。




■ 保育料が「必要経費」と認められた場合の社会的影響

もし裁判で原告側が勝訴すれば、以下のような大きな変化が見込まれます。




① 働く家庭の実質負担が大幅に軽くなる

保育料は子ども一人でも年間数十万円規模になることがあります。
必要経費化されれば、所得控除によって手取りが確実に増えます。

例:年間保育料60万円
所得税・住民税率合計30%の場合
→ 約18万円の減税効果

子どもが複数いる家庭では、さらに大きな改善になります。




② 司法が「保育は就労支援である」と認めることになる

これは非常に大きな意味をもちます。
保育制度の本質を「就労支援」と公式に位置付けることになるため、

入園基準の見直し

保育無償化の再設計

保育を教育制度として扱う議論の加速


など、制度全体の再構築につながりかねません。




③ 税法上「家事費」とされてきた分野が見直される

保育料が経費として認められると、以下も議論対象となります。

ベビーシッター費用

病児保育費

送迎サービス費用

家事代行費の一部


“家庭の負担”として扱われてきた支出の境界線が動くため、
税制の大規模な再検討が必要になります。




④ 働く女性のキャリア継続がより容易になる

日本では、育児と保育料負担のためにキャリアを中断せざるを得ないケースが多くあります。
保育料の税控除が実現すれば、

働き続けても「損をしない」

育児世帯が無理なくフルタイムに戻れる

女性の労働参加率の向上

企業側の採用・人材政策にもプラス


といった効果が見込まれます。




⑤ 少子化対策としても大きなインパクト

今の日本では「子どもを持つほど家計が苦しくなる」構造があります。
保育料の経費化は、その構造の改善につながり、
出生数の減少に歯止めをかける要因のひとつとなり得ます。




■ 結論:保育料の必要経費化は、日本社会のあり方を問う裁判

今回の裁判は単なる税制上の論点にとどまりません。

保育制度とは何か

子育ては誰の責任か

働く親と子どもの権利をどう位置付けるのか

税制は現代社会の実態に合っているのか


これらを問う非常に大きな意味を持つ裁判です。

もし原告側が勝訴すれば、
保育制度・税制・働き方・ジェンダー政策など、
日本社会の基盤全体に大きな影響を与えるでしょう。

引き続き動向を注視する必要があります。




参考文献

弁護士JPニュース「保育料は必要経費? 保育は“就労支援”か“子の養護・教育”か…国との主張対立、来年2月に口頭弁論」(https://www.ben54.jp/news/2904)

厚生労働省「保育の必要性に関する認定」

厚生労働省「保育所利用実態調査」

子育て支援制度の歴史的変遷研究(複数文献)
※本文内では制度内容をもとに一般的知見として構成しています。




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