前回は、残業規制緩和に賛成する立場から、「もっと働きたい人が働ける自由」を主張する声をご紹介しました。
しかし、実際の生活をふまえてこの問題を見つめると、「本当にそれは自由なのか?」という問いが浮かびます。
今回は、残業規制緩和に反対する立場から、現実の生活と制度のギャップ、そして過労社会の本質的な課題について考えていきます。
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■ 労働時間「だけ」では測れない拘束の重さ
たとえ法定労働時間が1日8時間であったとしても、現実にはもっと長い時間が「労働のため」に使われています。
・昼休憩(1時間)は職場から離れられない
・通勤時間が片道1時間かかる人も少なくない(往復で2時間)
これだけで、実質的な拘束時間は1日11時間にも及びます。
これに残業が加わるとなれば、家に帰って何ができるでしょうか?
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■ 睡眠時間を削ってまで「もっと働ける」社会に?
厚生労働省や多くの睡眠研究によれば、成人にとっての適切な睡眠時間は7〜9時間とされています。
つまり、健康的な生活を維持するには、拘束時間(11時間)+睡眠時間(7〜9時間)=最低18時間が必要です。
残る自由時間はたったの6時間以下。
この中で、食事・風呂・家事・育児・余暇をすべてこなすことになります。
もしさらに残業が加われば、それはどこかを「削る」しかありません。
そして多くの場合、削られるのは睡眠と家族の時間です。
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■ 子どもの睡眠時間も守らなくてはならない
共働き家庭が増える中、子育て中の労働者にとってはさらに深刻です。
子どもにも十分な睡眠が必要です。年齢ごとの目安は以下の通りです:
年齢 推奨される睡眠時間(1日あたり)
1〜2歳 11〜14時間
3〜5歳 10〜13時間
6〜12歳 9〜12時間
13〜18歳 8〜10時間
(※出典:米国睡眠医学会/日本睡眠学会)
たとえば小学生であれば、夜9時〜10時には就寝するのが理想とされます。
そのためには、親が仕事を早く終えて帰宅し、夕食・入浴・寝かしつけをこなす時間的余裕が欠かせません。
にもかかわらず、「もっと働きたい人がいる」という理由で残業が増える制度設計になれば、
子どもの健やかな発達と家庭生活を犠牲にする構造を社会全体で容認することになります。
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■ 過労死の反省を忘れてはならない
そもそも日本に残業規制が導入された背景には、過労死の多発という痛ましい歴史があります。
・長時間労働による心身の疲弊
・精神疾患の発症
・家庭生活の破綻
・自殺にまで至るケースも
こうした犠牲のうえに、ようやく整備されたのが現在の「働き方改革」でした。
にもかかわらず、今ふたたび規制を緩めるというのは、その反省を反故にする行為です。
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■ 「働きたい人」の存在を盾にする構造
よく「働きたい人もいる」という声が挙げられますが、それを理由に制度を緩めるのは本末転倒です。
本当に「もっと働きたい」なら、個人事業主やフリーランスという選択肢もあるはずです。
なぜそれを選ばず、会社員という安定と保護のある立場にとどまったまま、制度全体を変えようとするのでしょうか。
残業規制の緩和は、実際には「働きたい人の自由」のためではなく、
経営者が人件費をかけずに労働力を最大限に引き出すための口実になっているように見えます。
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■ 結びにかえて
「もっと働ける社会」が目指す自由とは、本当に誰のためのものなのか?
私たちは、過労死という悲劇を忘れてはなりません。
そして、制度を設計する上では「例外」ではなく、「最大多数の普通の生活」を基準にすべきです。
次回は、賛成・反対の立場を踏まえた上で、両立可能な「選べる働き方」社会の可能性について提案していきます。
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📚 参考文献
厚生労働省「健康づくりのための睡眠指針」
日本睡眠学会「子どもの睡眠と発達に関するガイドライン」
American Academy of Sleep Medicine: Recommended Sleep Duration Guidelines
過労死等防止対策推進協議会 報告書(2023年)
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#過労死防止 #育児と働き方 #子どもの睡眠 #制度改悪 #残業規制に反対
【対立する視点シリーズ②】「もっと働ける社会」って誰のため?睡眠も家庭も削られる現実
