【ニュース/コラム】「産後の思いやり」を綺麗事にしてはいけない
~尾道市の冊子炎上から考える、産後の非対称性~

少し古い話になりますが、2023年、広島県尾道市が妊婦向けに配布していた『先輩パパからあなたへ』という小冊子が、SNS上で大きな批判を浴び、配布が中止されました。

この冊子には、産後・産前の“先輩パパ”や“先輩ママ”へのアンケート結果がまとめられており、「妻にされて嫌だったこと」や「してほしかったこと」などが紹介されていました。

しかし、「お互い思いやりましょう」というメッセージが、産後でギリギリの状態にある妻たちに、さらなる気遣いを求める構造になっていたため、多くの女性から強い反発を受けました。



■夫が「妻からされて嫌だったこと」(冊子より)

「ありがとう」の一言がなかった

子どもにばかり関心が向いていて自分が無視された

イライラをぶつけられてつらかった

自分だけ怒られているような感覚になった

家に居場所がなく感じた

妻が優しくしてくれなかった


これらは、夫の苦しみや孤独を語る声に聞こえますが、しかし…




■本当に「不満」として成り立つのか?

たとえば、夫が交通事故に遭い、身体のあちこちを骨折しているとします。
動くだけで激痛が走り、疲れやすく、休まなければまともに日常生活も送れない。
しかし、事故に遭ったその日から育児も始まってしまい、ゆっくり回復する暇はありません。
夫はボロボロの身体で赤ちゃんの世話をし、おむつを替え、ミルクを作り、夜泣きで何度も起こされ、全身が悲鳴をあげている状態です。

そんなある日、無傷で元気に仕事から帰ってきた妻がこう言います:

「最近あなた、子どものことばっかりね。私のこと、全然見てくれないの」

…想像してみてください。
夫は「俺、今重傷なんだけど⁉」と驚き、傷つき、怒るでしょう。
誰もが、「それを今言う?」と感じるはずです。



■でも、これが産後の妻には平気で言われる

産後の妻はまさに、“事故直後の夫”と同じ状態です。
命がけの出産を終え、身体は傷だらけ。
ホルモンも乱れ、睡眠も取れず、赤ちゃんの命を守り続けています。
回復に専念できず、それでも育児・家事に追われる――まさに限界状態です。

それなのに、「子どものことで手いっぱい」「構ってくれない」「感謝がない」といった夫の不満が、“妻の反省事項”として公の場でまとめられていた。

この構造に、多くの人が強い違和感と怒りを覚えました。
なぜなら、無傷の側が、傷だらけの側にさらに気遣いを求めているという、根本的に不公平な力関係が明白だったからです。




■なぜそれが怒りを買ったのか?

この冊子が炎上した最も大きな要因は、「産後という非対称な状況」を、「対等の思いやり」や「夫婦の協力」で包み込もうとしたことにあります。

平時であれば「お互い思いやり合おう」という言葉に違和感はありません。
しかし産後は違います。身体も心もダメージを受けているのは、圧倒的に妻だけです。
それなのに、その苦しみを無視して「妻にも思いやりが足りなかった」とされる構造こそが、今回の炎上の核心でした。




■まとめ:怒りの奥にある「理不尽さへの気づき」

怒っているのは、「産後に夫に優しくできなかったこと」ではありません。
怒っているのは、「どうして自分が最もつらかったときに、こんなにも気を遣わなければならなかったのか?」という理不尽な構造です。

そして、その理不尽さが、「夫の不満」や「お互いに思いやりを」という一見中立的な言葉によって、
言語化されず覆い隠されてしまっていた…そのことに、多くの女性たちはようやく名前をつけることができたのだと思います。



参考文献

尾道市公式サイト「『先輩パパからあなたへ』について(ご報告とお詫び)」
https://www.city.onomichi.hiroshima.jp/soshiki/19/65610.html

SmartFLASH「尾道市『育児アドバイス』が批判を受け配布中止」
https://smart-flash.jp/sociopolitics/245504

ちょいネタ「尾道市子育て支援課が炎上した理由」
https://re-choineta.com/hiroshima-onomichi




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