最近、SNSやネットのコメント欄で次のような声を見かけることが増えました。
「現場が逼迫してるなら親の負担を増やせばいい、親に負担がないから預けるんだ」
この一文には、もう本当に辟易しています。
確かに現場が逼迫しているのは事実でしょう。例えば、放課後に小学生を預かる施設で職員が「綱渡り状態」と訴えている報道もあります(信濃毎日新聞デジタル, 2025年10月)。
では、現場が逼迫しているからといって、それを「親の負担を増やして補填すればよい」という論理が妥当なのでしょうか?私は 「違う」 と考えます。
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■なぜ「親に負担を増やす」という論理が問題なのか
まず、これは社会の構図を逆転させてしまう発言だと思います。
「親に負担がないから預けるんだ」という考え方
→ 「預けられる」環境とは、親が安心して働き、暮らせる環境を意味します。それは社会が整えるべき基盤であり、「甘え」ではありません。
「現場が困っているなら、親の負担を増やせばいい」
→ 現場が苦しいのは、現場の社会的・制度的支援が足りていないからではないでしょうか。ならばまずは制度を整備し、現場の人員や資源を充足させるのが筋だと考えます。
これを親に丸投げしてしまうと、
① 親が「また負担が増える」という前提で子育てを考えるようになる。
② 将来的に「親になろう」と考える人が躊躇する。
――結果的に、社会全体が衰退していく危険があります。
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■子育ては「公共事業」です
例えば、地域の図書館を考えてみてください。司書の負担が大きいと報道されたとして、
「では利用者に1冊借りるごとに料金を上げましょう」
などとは言いません。それは図書館が「公共サービス」であり、社会がその提供を担っているからです。
同様に、子育て支援・放課後の居場所づくりなども本来「社会全体で支える」公共的な役割を持つ事業です。にもかかわらず、「親の負担を増やせばいい」という声が出るのは、子育てを “個人・家庭の頑張り” に矮小化しているとも言えます。
公共事業として考えるならば、
・地方自治体や国が責任を持つべきであること
・現場(施設、人員、設備、運営体制)を支援し、適切な制度設計を整えること
・親への過度な依存や負担の転嫁を避け、親も安心して子育てできる環境をつくること
が必要です。
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■現場・職員の立場から見た負荷と制度課題
現場を支える保育・学童・放課後施設職員の負担が軽くないという事実があります。
例えば、制度や待遇改善を扱った研究では次のような知見があります。
東京都内の認可保育施設を対象にした調査では、補助金を増額した後、1時間当たり賃金が約7%上昇し、離職意向が5ポイント低下したという結果が出ています(内閣府経済社会総合研究所, 2021年)。
また、保育・子育て支援の供給量と出生率の関連を探った研究では、施設の増加が若年世代の出生行動に有意に影響したと報告されています(ScienceDirect, 2016年)。
こうしたデータからも、現場の待遇改善と制度的支援が、親の安心感や出生意欲の維持に直結していることが分かります。
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■提案:どこをどう変えるべきか
では、「親負担を増やして解決」という短絡的な論法を避けるために、何が必要なのでしょうか。
1. 制度整備の強化
- 放課後児童クラブや子どもプラザへの人員・運営費を自治体が安定的に確保する。
- 現場職員(保育士・児童指導員など)の待遇改善とキャリア支援を行う。
2. 利用者(親・家庭)視点の支援
- 「使いやすく」「負担の少ない」サービスとして設計する。
- 親が「預けることをためらわない」環境を社会で整える。
3. 社会的認識の変化
- 「子育て=家庭任せ」「親の責任だけ」という意識を改め、社会インフラの一部と捉える。
- 子育て支援を、公園や学校、図書館と同列の「公共空間」として再定義する。
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■最後に
「現場が逼迫している=親の負担を増やせばいい」という論理には、子育て支援という本質に立ち返ると大きな疑問があります。子育てを 公共事業 と捉えるなら、私たちは「誰が」「どのように」支えるかを考えなければなりません。
日本の少子化は予測よりも10年前倒しで進んでいると統計が出ています(内閣府「少子化社会対策白書 令和6年版」)。
親になろうとする人が、10年前倒しで減ってしまうような社会ではなく、「安心して親になれる」「安心して子育てできる」社会を目指したいと思います。
そのために、施設職員、自治体、家庭、そして社会全体が手を取り合って、子育て支援という公共インフラを育てていくことが必要です。
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参考文献
内閣府『少子化社会対策白書 令和6年版』
https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/r06/index.html
Asai, Y., Jibiki, A. “An Analysis of the Labor Supply of Childcare Providers.” ESRI Reports, 2021.
https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/archive/bun/bun202/bun202g.pdf
Flatt, R. “Childcare Programs for Working Parents in Japan.” CE-Japan Final Report, 2019.
https://ce-japan.middcreate.net/wp-content/uploads/2022/11/CE_FinalProject_Flatt_2019-Fall-Report.pdf
Morita, M. et al. “Childcare support and child social development in Japan.” PMC, 2021.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8090826/
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