【対立する視点シリーズ①】 「男女平等は間違いだったのか?」— 平等に反発する声の論理をたどる

「男女平等が進んだから、結婚しにくくなった」「女性が上昇婚を望みすぎるから少子化が進んだ」——こうした声は、現代の婚姻や少子化を語る場面でたびたび聞かれるようになりました。中には、「男女平等は日本社会には早すぎた」「むしろ男女不平等の時代のほうが、うまく回っていた」という主張まであります。

このような意見の背景には、女性が経済力を持ち、自立した結果、「結婚相手としてのハードルが上がった」という受け止めがあるようです。確かに、女性が高学歴・高収入になることで、相手に求める基準が上がる傾向は一部に見られます。その結果、「自分より収入の低い男性とは結婚したくない」と考える女性が増え、結婚市場から外れる男性が増えたという分析もあります。

しかし、これをもって「男女平等を進めたのが間違いだった」と結論づけるのは、論理として飛躍があります。平等とは、あくまでも“選択肢を持てるようにすること”であり、誰かの優位性を奪うことではありません。女性が自分の意思で結婚するかどうかを決められるようになったことで、これまで「結婚すればよかった」「家庭に入ればよかった」という選択が“当然”ではなくなっただけなのです。

そもそも、男女平等とは単なる理念ではなく、すでに制度的にも政策的にも推進されています。育児休業制度、職場でのジェンダー平等推進、共働き家庭を前提とした税制改革など、社会の土台は変わりつつあります。にもかかわらず、恋愛や結婚の価値観がすぐに変わるわけではありません。文化的価値観や性別役割への無意識の期待は、長年かけて培われたものです。そのギャップが、現在の混乱や葛藤を生んでいるのです。

ですから、今必要なのは「平等が間違いだった」と結論づけることではなく、平等を社会に根づかせるためにどう向き合い、制度と意識のずれを埋めていくかを問い直すことではないでしょうか。

参考文献:

厚生労働省「令和4年版 厚生労働白書」

内閣府「男女共同参画白書」


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