【コラム】「年収300万円」と「1000万円」のリアル──暮らしの余裕は数字だけで語れない

SNSでたびたび議論になる「年収1000万円でも生活が苦しい」という声。それに対し、「年収300万円で生活している人もいるのに、贅沢だ」という反論も根強くあります。数字だけを見れば、年収1000万円は高所得層に思えますが、現実の暮らしぶりは単純な収入額では計れません。
この議論の背景には、「お金の多寡」ではなく、「暮らしの自由度」や「家族構成による支出構造」の違いがあります。

■年収1000万円家庭が感じる「見えない圧迫」

まず、年収1000万円といっても手取り額は750万円前後にとどまり(※1)、加えて住宅ローン、教育費、地域差による物価の違いなど、出費の実態は人それぞれです。特に子どもが複数いる家庭では、以下のような「必須支出」が増える傾向があります。

部屋数の多い住宅(3LDK以上):都市部では購入に4,000万〜6,000万円が必要なケースも

7人乗りなどの大型車:保育園送迎や週末の買い物・移動に必須の地域もある

教育費:文部科学省調査によると、私立高校では1人あたり年間約100万円の学習費がかかる(※2)

習い事、学資保険、塾代など:都市部では「将来への投資」として無理なく行える水準が求められがち

また、年収1000万円程度の家庭では、公的支援の対象から外れるケースも多く、これがさらなる負担感を生んでいました。

■児童手当制度はどう変わったのか?

こうした中で、2024年10月から児童手当制度が大幅に改正されました。

所得制限が撤廃:高所得世帯でも受給可能に

支給対象が高校生年代まで延長

第3子以降の支給額が月額3万円に増額(従来は1万5,000円)

これにより、これまで「高所得だから」という理由で支援から外れていた家庭も、ようやく公的な後押しを受けられるようになりました(※3)。これは中間層の子育て支援としては大きな前進です。

ただし、他の制度(医療費助成、保育料の無償化など)には依然として所得制限が残るため、完全に「支援格差」が解消されたわけではありません。

■年収300万円の壁──結婚・出産すら困難な現実

一方、年収300万円の層では「暮らしが苦しい」というよりも、「人生の選択肢そのものが持てない」ケースが多く見られます。

国税庁「民間給与実態統計調査」(令和4年)によれば、年収300万円未満の労働者は全体の約3割を占めており(※4)、非正規雇用や単身世帯が多くを占めます。
この収入では、結婚資金の貯蓄や子育ての見通しを持つことすら難しく、「貧困の再生産」に近い構造が生じていると言われています。

また、公営住宅や生活保護、児童扶養手当などの制度があっても、申請の煩雑さや「助けを求めることへの心理的抵抗感」から、支援が十分に行き届いていない実情もあります。

■「贅沢」か「選択肢の欠如」か──分断より理解を

年収1000万円世帯が苦しいのは、「支援が受けにくい構造」と「複数の子どもによる出費の集中」。
年収300万円世帯が苦しいのは、「基本的な人生選択が難しいこと」。
両者は対立構造ではなく、それぞれ異なる「生きづらさ」を抱えているのです。

この違いを理解せずに、「あっちは楽なはず」「こっちは本当に大変なんだ」と比べ合うことは、分断を深めるだけです。必要なのは、相手の立場を想像しながら、どの層にも「子育てや生活に希望が持てる社会」をつくる視点です。

制度の改正は進みつつありますが、まだ十分ではありません。個々の生活実感に基づく政策議論が、もっと丁寧に行われることが求められています。

■参考資料

(※1)国税庁「令和4年分 民間給与実態統計調査」
(※2)文部科学省「子供の学習費調査(令和3年度)」
(※3)厚生労働省・内閣府「令和6年10月からの児童手当制度改正」
(※4)厚生労働省「令和4年 賃金構造基本統計調査」

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